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天狗岳 〜衝撃の事実編〜(完)

デビュー戦で初めて山小屋に泊まった時には、緊張のせいか殆ど眠る

ことのできなかった私でしたが、今回は大分眠ることができ、

上出来な状態で朝を迎えました。

みんなでしっかりおいしい朝ご飯を頂き、いよいよ迫って来た登頂へ備え、

準備を始めます。

そこで師匠から、登頂するにあたっての注意事項が伝えられました。

ここから先は、2人一組のペアで登山をする。ということ。

無理はせず、もし当初の目的を達成できなかったら、最終的には山小屋で

落ち合う。というような事でした。

というのも、前日の宴でもいくつも話題に上った登山に関する話題で、

さも熟練風の雰囲気を醸し出していたはずのチームGのお二人が、意外にも

「勇気ある撤退」を今までに結構やってきた。とのカミングアウトをしたことで

酒の肴に一興を添え、笑い話になったせいもあるのかもしれません。

カミングアウトと言えば、もうひとつ、

Zさんが衝撃の過去をカミングアウトしたことでひとしきり、

場が盛り上がったという話もありますが、プライバシーに関わるので

残念ですがここでは伏せさせて頂くことにします…(笑)

カミングアウトはさておき、冗談抜きで、登山に無理は禁物です。

しかも今回は普通の登山とは違い、雪山。

お二人もアイゼン、ピッケル等装備は完璧でしたが実際にピッケルを使った事は

ないとの事。

結局はリーダーである師匠とM嬢を除けばみんな初心者だということです。

師匠が常々言っているのは、普通の登山でも面倒を見られるのは2人まで。

今回のような雪山は、自分以外には1人しか見られない。と言う事です。

全員が安全に登山をする為には、リーダはそれくらいの覚悟を持って行動して

いる。ということだと思います。

勿論、何かあってもそれは自己責任。決してリーダーのせいではありません。

しかし、いつもそこまで考えた上で私を山に連れて行って下さる師匠の責任感

に改めて心から感謝する瞬間でした。

さて、2人組のペアは当然ながら師匠と私、M嬢とKちゃん、そしてチームG

UさんとZさんということになりました。

小屋に重い荷物を預け、軽装で登頂できる事が何よりありがたいこと。

師匠が荷物を持ってくれた御陰で、私はほぼ手ぶらで歩く事になりました。

しかし気にかかるのは、アイゼンです。

前日、「6本爪のアイゼンで大丈夫だけど、そんなに心配なんだったらオレの

12本爪のアイゼンを貸してあげるよ。」

と言っていた師匠でしたが、出発ギリギリになってもアイゼンの事を何も言いだし

ません。

…うーん…。本当にこんなんで大丈夫なんだろうか??

でも、師匠も何も言わないし、天気もいいし、きっと大丈夫なんだろう。

そう思って、また6本爪のアイゼンを装着し、いざ出発です。

小屋から山頂までは、トレースが期待できないため、もしかするとラッセル

になるかもしれません。先頭を歩くリーダーには非常にきつい行程です。

すると、一緒に宿泊していたご夫婦が私たちより先に出発したので、

ラッセルについてはとりあえず回避できることに。

M嬢を先頭に、Kちゃん、私、師匠、Uさん、Zさんと続きます。

いつも慣れている師匠のペースとは違い、ちょっとペースの早いM嬢。

さすがだなぁと思いつつ、必死でついて行きます。

そして、前日は離れて歩いていたM嬢とKちゃんが連なって歩いているせいもあり、

いよいよKちゃん節が炸裂し始めました。

歩きはじめてしばらくすると、中山峠へと着きました。ここで初めて視界がパッと

開け、自分がどんなところにやってきたのかがよくわかりました。

遠くの山々と広々した青空。ああ!来てよかった!!そう思う瞬間です。

その後も比較的緩やかな道が多く、雪景色を楽しむ心の余裕もありました。

暫くして、M嬢が後ろを振り返ります。

それに伴って、私も後ろを見てみると、ちょっと差が開きつつありました。

少し間隔が開きながらも、急斜面へと入る難関の手前にある展望台に着いた

時でした。暫し写真等を撮って、いざ頂上へと目線を上げて見るとトレースは

全くついていません。

「これって、一体どうやって登るの…??」と思わず呟きました。

トレースもついていないのに、どこをどうしたらあのてっぺんまでいけるの

だろう?

しかも、下から眺めると相当な急斜面です。

すると、私たちより前を歩いていた二人が、おもむろに休憩を始めました。

そうなのです。

私も後からみんなと話していて気付いた事ですが、何度も雪山を登っているような

熟練した人達は、天狗岳のような初心者向けの雪山には来ないという事なのです。

つまり、ほとんどの登山客が初心者、もしくは中級くらいの人だということです。

前を歩いていた二人も、トレースのついていない斜面を見て尻込みしたことに

間違いないし、おそらく私たちの動向を窺おうということなのでしょう。

M嬢と師匠が何やら相談を始めました。

そして、師匠が一言。

「じゃあ、オレが行くか。」

さすが師匠!頼もしいの一言です。

ここからは、いよいよ2人組での登山です。

師匠、私、M嬢、そしてKちゃんが続きます。

師匠は上を見上げつつ、ルートファインディングを行います。

いよいよ登ろうという頃、どんどん風が強くなってきました。

それまでは全くと言っていい程無風に近かったのに、山頂が近づくとやはり強風が

吹くらしく、稜線に視線を移すと太陽の光に向かってキラキラと吹き上げられる

雪の粒が見えました。

それまでと雪質も違い、完全に凍結しています。

一歩一歩確実に、斜面を蹴り込んで足場を作り、ストックで体を支えながら

登ります。

しかし、12本爪と違って6本爪は土踏まず部分にしか歯がありません。

しかも、長さも若干短いようで、どうしても足場を掘るのが難しく、斜面に足が

引っかかりません。

それでもゆっくりゆっくり登って行きます。

途中、岩肌が2mほど続いていて足場があまりないようなところにやって

きました。

まずはご多分に漏れず「えっ!!ここ行くの!!??」と悲鳴を上げる私。

師匠は全く意に介さず、どんどん進んで行ってしまうので、

後ろからM嬢が「大丈夫大丈夫!」と励ましてくれました。

ストックを両手首にぶら下げ、カニ歩きのように岩肌に直接つかまって

移動しなくてはならず、一体どこまでこんな道を行かなければならないんだろう?

と半ば弱音が心を満たして来たとき、更に難しい事を師匠は要求してきました。

岩場に足をかけて、登れというのです。

「えーー!?ここ?ここいくの?マジで?ムリムリムリ!」とパニックに

なりつつある私の後ろで、ちっちゃく「うーん、ここ難しいかなあ…。」

とM嬢がポツリ。

でも、師匠は登ってこいと言う…。

仕方なく、岩場に足をかけようとするけど、どうしても爪が引っかからず、

足場ができなくて困惑していると、上から師匠がピッケルの柄を差し出して

きました。

「これに掴まっていいから。」

その柄を頼りに、何とか登り、一息つくと、次の一歩がまた辛い。

どんどん斜面は急になってきて、下から見上げると壁としか思えません。

しかも、凍っていて、どんなに力を込めて蹴り込んでも足場ができません。

すると、M嬢が、ピッケルの反対側で足場を掘ってくれました。

こうしてM嬢にも助けられ、何とか一息つけるところまで登る事が出来ました。

ふと下を見てみると、未だチームGのお二人は登って来ておらず、もしやここで

ついに「勇気ある撤退」か…!!??と、私たち4人は確実にそう感じていたと

思います。

そこから先は、比較的雪がサクサクしていたせいもあり、なんとか登って行く事が

でき、ついに東天狗岳(2,640m)の山頂へ到着しました!!

暫くすると、撤退したかと思われたチームGのUさんとZさんもやって来たため、

全員で、登頂できた喜びを握手で分かち合いました。

それぞれ本当に満足の笑顔です。

山頂からの眺めは素晴らしく、すぐ近くに見える西天狗、夏に登った四阿山や

浅間山、他にも硫黄岳や赤岳などを見る事が出来ました。

登山の喜びとは何なのでしょう。わざわざ辛い思いやコワイ思いをして、ちまちま

時間をかけて山のてっぺん目指して登って行って、また大変な思いをして

下山する。

一見、面倒で、無駄な時間をかけているような行程ですが、

この面倒な行程があるからこそ、よりその景色を感動的に見せてくれるのだと

思うし、この雄大な自然に比べたら囚われる価値もないような些末な事など

気にするなと、山がそんな清々しい哲学を教えてくれているような気持ちに

させてくれることも、ひとつの喜びなのかもしれません。

さて、ひとしきり感動に浸った時間もわずか。

かなり風が強い為、西天狗への登頂は断念することとし、あとは

下山あるのみです。

先ほど登って来たあの恐ろしい急斜面を、今度は降りなければならない。

当然登るより降りる方が何倍も難しく、そして恐怖を感じます。

師匠に降り方を教わりながら、一歩一歩下山します。

どう考えても斜面に対してスクエアに降りることなど不可能で、

斜面に対し横を向いて一歩足を下ろしては、一歩足を横に並べるというような

降り方になるのですが、登りにあんなに力強く体を支えることが出来た

ストックが、下りでは全く使えず、非常に苦労しました。

しかも、6本爪ではやはりエッジが効かず、毎度毎度ずるずると微妙に滑りながら

の歩行になるので危険な事極まりありません。

細心の注意を払って降りていたつもりでしたが、あと少しで岩場のところというと

ころまで来た時に、とうとう足を取られ滑落しました。

こういう時は一体どうすればいいのかもわからず、ああどうしよう!!

このままでは下まで落ちてしまう!と思ったとき、

私が降りてくるのを、少し離れて下で見ていてくれた師匠が、

滑落する私に横っ飛びして抱きついて止めてくれました。

しかし、少しでも動くと、今度は師匠もろとも下に落ちて行きそうで

動くに動けず、少しずつ足元を見てみたところ、ちょうど足の近くにあった岩の

でっぱりにストックを突き刺し、安定させました。

師匠も不安定で、なかなか起き上がれませんでしたが、なんとか二人とも無事に

起き上がることが出来ました。

師匠には、「すみませんでした!!」と平謝り。

「いやあ。大丈夫だよ〜。」といつもの柔和な笑顔の師匠。

おそらく、ほんのちょっとの滑落だったのだと思いますが、

私にとってはかなり時間的に長く感じられ、

あそこで師匠が飛びついて助けてくれなかったらどうなっていたんだろう?

と思うと、改めて雪山登山の恐ろしさを身にしみて感じました。

と同時に、師匠の言う、1人しか面倒見切れない。という言葉の重さもつくづく

感じたのでした…。

この時私たちより上の位置でこの一部始終を見ていたM嬢とKちゃんは、

その後師匠を大絶賛。

山男の中の山男!と更なる伝説が生まれた瞬間でした。

危険箇所をようやく過ぎ、展望台近くの最後のゆるやかな斜面では、滑落した私の

影響からか、ピッケルを持っている人達は全員そこで滑落した時の練習を行って、

無事に小屋まで戻りました。

そうなんです。たとえピッケルを持っていたとしても、使い方がわからないのなら

意味が無い…やはり練習は必要なのです。

山小屋での昼食後は、テント泊の大量な荷物を背負った何人もの人達と

すれ違いながら、一気に渋の湯へと下山。待ちに待ったお風呂へと直行です。

しかし、懸案事項がひとつありました。

そう、あの仁義無き戦いの女将です。

実は小屋でお昼を食べている時に、女将さんの噂をしていたところ、親切にも

あの旅館でのローカルルールを教えてくれた方がいたのです。

なんと、下山してザックを背負ったまま旅館に入ると、ものすごい勢いで怒られる

とのこと。

しかも、旅館の外にあるバス停のところに、一列に並べてザックを置かなければ

いけないとか。

あの女将さんの恐ろしさは相当有名らしく、気をつけた方がいいとのことでした。

到着時のあの雰囲気から考えれば、誰もが納得するような内容で、

いかにおばちゃんの心を解きほぐし、快適な温泉タイムを味わうか?を私たちは

真剣に考えていました。

下山して、バス停を見てみると、言われた通り、既にザックが置いてあります。

そこで、遅れて着いたチームGのZさんに詳細を説明したところ、そのおばちゃん

対策にはUP(Uプロデューサーの略)が適任者だとのこと。

聞けば、ロケに行くことが多いUPは、常日頃から地元のおばちゃんを手玉に取るの

が職業柄得意らしいのです。

さすがおばちゃんキラーP!!ということで、大役をPに任せ先頭切って旅館へと

入ってもらう事に。

しかし、拍子抜けなことに、受付にいたのは温厚そうなおじさんで、

あのおそろしいおばちゃん女将を見かける事はありませんでした。

温泉の方はというと、シャンプーもドライヤーもない素朴な施設では

ありましたが、お湯は良く、しみじみお湯に浸かり、疲れを癒しました。

となりの男湯からは野太い笑い声が響いて来て、私とM嬢は

「なんだか楽しそうだねー。」と、のんびり貸し切り状態のお風呂を

楽しみました。

そして、いよいよM嬢から衝撃の事実を聞くことになります。

「Jちゃん、もう下山してきたから、言ってもいいよね?」

「何?」

「あのね、もし私が6本爪で登れって言われたら…断る。」

…ぎゃーーー!!

えーー!!??そうだったの??そうなの??やっぱり危ないってことよね??

そうだよねーーー!!なのに師匠ったら…。

帰りのあずさは6人で一塊になって、完全にお座敷列車のようになっていました

が、その時にも、6本爪でよく登りきったという話はまた持ち上がり、

師匠の「大丈夫」の本当の恐ろしさがよくわかった今回の登山となりました。

これも冗談なのか本気なのか、

「最近あんまりJちゃんが山へ行きたいっていうもんだから、ひょいひょい冬山とか

危険な山に行かれたらきっかけとなった自分としては責任があるから、

6本爪で雪山登山をさせて、もう雪山なんて登りません!!

って言わせようと思ってたんだよ。」とにこにこしながら語る師匠…。

まあ、最終的には、師匠が私の命の恩人ということで美談として終わる…という

ところなのですが、その裏には登山の日程会議を兼ねた新宿での呑み会での大切

な逸話が布石としてあったことを書かない訳にはいきません。

その日呑みすぎた師匠をみんなと別れてホテルまで引きずっていく途中で、

道を確認しようとちょっと目を離した隙に、歩道の植え込みに頭から突っ込んだ

師匠を助けたのは、何を隠そうこの私だったからです。

植え込みに突っ込んだ際にできたのであろう目の上の小さな切り傷に

ホテルに着いてから気付いた私は、慌ててロビーのお姉さんから絆創膏を

もらって、とりあえず傷口に貼付けました。

介抱された事もさっぱり忘れて事無きを得た師匠でしたが、ここでの

出来事が原因で、鶴の恩返しさながら、山で私に恩返しをしてくれたのか…

ということで、ようやくめでたく話に落ちがつきました(笑)

その後あずさを降りて新宿での2次会へと繰り出したUさんを除く5人は、

ひとしきり山の話等で盛り上がり、1人も新宿での遭難事故に逢う事無く、

無事に天狗岳登山を締めくくったのでした!

最後に、今回全員を安全に引率してくださったリーダーK師匠、Mちゃん、

そして、Kちゃん、Uさん、Zさん、楽しい時間をありがとうございました。

また、是非、山へ行きましょう!!  (完)

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